歌舞伎と酒①『寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)』
今年も早2月となりました。これまで「落語と酒」という形で連載してきましたが、今回から「歌舞伎と酒」という連載と交互に行いたいと思います。原稿が十分ある時は休載させていただく予定です。(『酒だより』2013年2月5日号より)
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年が明けて2日目、浅草公会堂に出かけ、「寿曽我対面」を観てきた。市川海老蔵の工藤祐経は貫録十分で、事件を忘れさせるような出来だった。尾上松也の曽我五郎、中村壱太郎の十郎と、若手のコンビがすがすがしかった。
幕が開くと工藤祐経の屋敷。源義朝の重臣工藤祐経は富士の巻狩りの総奉行を仰せつけられることとなり、諸大名や、遊女大磯の虎、化粧坂の少将が祝いに駆け付けている。そこへ坂東新悟の小林妹舞鶴(ふつうは朝比奈三郎=小林朝比奈)が二人の若者を連れてくる。かつて祐経が討った河津三郎の忘れ形見、曽我十郎・五郎の兄弟であった。
・蝶々と千鳥を鶴が引き合わせ(蝶々は五郎の、千鳥は十郎の衣装。鶴は朝比奈の紋)
酒が出てくるのは、祐経が兄弟に盃を与える場面。参上したものに盃を与えるとういうことは、家来として認めるということ。
・たいめんで一杯飲めと工藤云ひ(対面と鯛麺=鯛をまるごと煮てそうめんを添えたもの)
十郎は三宝に載った盃を受ける。
・頂きますべいたいめんのお盃
しかし、五郎は我慢ができず、盃を割り、三宝をバラバラにしてしまう。
・対面の三宝日々に新たなり
とんでもない無礼な行為だが、祐経はそれを許し、今は総奉行の大役を果たさなければならないので討たれるわけにはいかないと言いつつ、狩場の切手(入場許可証)を投げ与える。
現代では酒を飲むということは、料理をおいしく食べ、適度な酔いによって会話を楽しくはずませることとなっている。それでもいまだに、無礼講だといわれて安心しての言動が後を引くということはままあるようだ。江戸時代、武士が酒を酌み交わすことは重要な儀式だった。お殿様からお盃をいただくということは大へんな名誉で、その順番で一喜一憂したという。盃の頂き方にも正しい持ち方があり、お返しの仕方にも作法があった。おちおち酔ってなどいられないのが、当時の酒盛りだったわけだ。
いわゆる『曽我物』が正月に演じられるようになったのは宝永6年(1709年)から。それまでは盆興行といって、旧暦の7月15日から板にかけられていた。つまり曽我兄弟の鎮魂のための芝居だったわけである。五郎の音が御霊と通じることもあって、宗教的色彩が強かった。能や狂言を含め、芝居そのものが荒ぶる魂を鎮めるための儀式の一形態だったともいえる。能舞台の橋懸りや歌舞伎の花道は神と人とをつなぐ道なのである。荒ぶる魂を舞台の上で暴れさせれば暴れさせるほどその魂は落ち着いてくれるのである。江戸ではこれが「荒事」となっていく。盆興行が正月興行になったのは、曽我狂言が大当たりしたため。正月は歳神様を迎えるという意味があるが、この歳神様は先祖の霊にもつながるので、お盆と同じような意味もあったので、正月に変えることは何の問題もなかった。正月に曽我狂言をするのが定着したため、おめでたい要素も入れる必要が出てきたので、対面というめでたさのある場面が一般化した。なお、現在の『寿曽我対面』は、1885年(明治18年)上演時の演出が元になっている。
さて、正月が明けると、武士は上司の家に、商家ではお得意様の家に、また親戚などの家にも年礼に回らなければならない。御三家などご一門と譜代大名は元日に江戸城に上がって将軍に新年の礼をする。大名、旗本や御家人はその後になるが、3日まで順次登城する。
・元日は大手萬歳市のよう(江戸城大手門のあたりは烏帽子、大紋の大名が万歳が集まった市のように集まっている)
その他の武家や町人は、黒紋付に麻裃や羽織袴で正装し、お供に年玉の品物を持たせて回る。なお、年玉は年礼の土産のことで、扇、半紙、塗ばしなどが多かった。町家では大晦日は借金の取り立てで過ごすので、元日は寝て過ごす人も多かった。
・ゆうべには喧嘩あしたは御慶なり(御慶は年始の挨拶)
・借金は春永にして礼に来る(春永は先延ばしにすること)
・借りがあるさうで御慶に念が入り
たいていは門口で挨拶し、年玉の進物を渡してすぐ帰るのを門礼(かどれい)が普通だった。受けるほうもいちいち応対するのも大変なので、玄関に年礼帳を用意し、来た人に勝手に氏名を記入してもらった。
・年始帳あがるなといふようなもの
門礼で済ますなんて水臭い話があるものかと座敷へ招じ入れられ、雑煮や屠蘇の振る舞いを受けることもある。
・門礼は受けぬと筆をひったくり(年始帳に名前を書こうとする筆をひったくって上がってもらう)
こうしてお酒をごちそうになると
・二三軒よろよろすると日が暮れる
・年玉をしたたか余し手を引かれ
飲みすぎる人も出てくる。
・生酔は御慶に節をつけていひ
・裃の背中をさする礼の供
皆様のお正月はいかがでしたか。
・生酔のはじまり松や竹の中
という川柳もありますが……。