歌舞伎と酒⑥『梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)』

 『梶原平三誉石切』、通称「石切梶原」は、人気狂言の一つで、最近東京では今年正月の「歌舞伎座新開場柿葺落 壽初春大歌舞伎」の昼の部で上演された。その前は昨年5月の同じく五月大歌舞伎、その前には平成23年(2011年)6月の新橋演舞場での公演があった。その間京都南座でも平成24年12月に上演しており、ほぼ毎年1回は上演されている狂言である。もとは享保15年(1730年)大坂竹本座初演の人形浄瑠璃『三浦大助紅梅靮(みうらのおおすけこうばいたづな)』全五段が原作。そのうち三段目「星合寺の段」が元である。現在の歌舞伎では、この場面だけしか上演されない。
 梶原平三景時は義経を讒言したというところから、江戸庶民からは「げじげじ」などといわれ嫌われ者だったが、この芝居では思慮深い侍として描かれている。舞台は源頼朝が反平氏の旗揚げをしたものの、初戦で敗れ行方不明になっている時のこと。鶴岡八幡宮に、平家方の大庭三郎、俣野五郎兄弟が戦勝のお礼に参詣している。そこへ平家方だが、木の洞に隠れていた頼朝をこっそり逃がした梶原平三も同じく参詣する。社頭で出会い、お互いそりが合わないものの、祝杯を交わすことになる。
そこへ娘を伴ってやってきたのが名刀を売りたい六郎大夫。大庭兄弟は、三百両という値段に、鑑定もせずに買う訳にはいかないと、目利きに定評のある梶原平三に見てもらうことになった。しかし、兄弟はそれだけではなお不安が残ると、試し斬りを要求する。切れる刀なら人2人を寝かせて一度に斬る「二つ胴」ができるはず。死刑の決まった罪人を2人斬るつもりだったが、生憎1人しかいない。どうしても刀を売りたい六郎大夫は、娘を家に使いにやり、その間に、もう一人は自分で試し斬りしてほしいと申し出る。六郎大夫を寝かせ、その上に罪人を載せていざ斬ろうという時に娘が戻ってくる。止めようと泣き叫ぶ娘は足軽に引きとめられ、とうとう失神してしまう。そして平三の一閃が......。胴が真っ二つになったのは上の罪人だけ。大庭兄弟はこんな斬れない刀は買わないと去っていく。刀が売れなかったので自害しようとする六郎大夫を見て、平三は三百両が源氏のために必要な金である事を悟り、自分も源氏に心を寄せており、頼朝を逃がしたことを告げる。そして、石でできている手水鉢の傍らに親子を導き、その手水鉢を真っ二つに斬って見せる。そしてこれだけの刀なら自分が買うといって屋敷へと帰っていく。

 最大の見せ場が石の手水鉢を斬る場面。役者によって、前から斬る、後ろから斬るなど色々な型がある。斬った後、平三が「剣も剣」と名剣であることを誉めると、六郎大夫が「切り手も切り手」と合わせる。この時大向こうから「役者も役者」との声が掛かることもある。平三役は、江戸末期に活躍した三代目中村歌右衛門をはじめ、明治期には初代市川左團次が演じ、現在は片岡仁左衛門、松本幸四郎、中村富十郎、中村吉右衛門などが演じている。

酒が出てくるのは、胴を真っ二つにされる罪人、その名も剣菱吞助が引かれてくる場面。試し切りの場に連れてこられる時にぼやくセリフは一般的には以下のようなものである。ちなみに、太字は酒に関係する言葉である。

「ほんに思えば俺が身の敵というは小半酒(こなからさけ)、一杯飲むとたちまちに、心狂うが癖となり、主(しゅう)を殺した酒の科(とが)、(こも)かぶりにまで 成り下がり、牢にも大方三年酒、最前からあすこで様子を利き酒と、もはや冥途の迎い酒、思えば涙がこぼれ梅、助かりようもあられ酒、斬られぬ先から伊丹酒、重ねておいて名作の試し斬りとはあんまりむごい二つ胴欲な」 

※小半酒=1升の4分の1、2合半。わずかばかりの酒。菰かぶり=乞食。酒樽を包む菰と掛ける。三年酒=三年寝かした古酒。あるいはこれを飲んだら三年醒めない強い酒。落語の題にもなっている。こぼれ梅=味醂の搾りかす。梅の花がこぼれ落ちたような感じになる。伊丹名物の菓子だがアルコール分が残っている。あられ酒=孝謙天皇〔在位:天平勝宝元年(749年)~天平宝字2年(756年)〕が春日大社に詣でた際、急にあられが降りだし、神酒の器に入ったことからその名が生まれたという。あるいは江戸時代初期に、奈良の漢方医・糸屋宗仙が、池に浮かぶあられを見て、思いついて造ったとの説もある。かき餅、またはもち米を薄く伸ばしてあられのように小さく切ったものを、焼酎に漬けては日に干し、数回くり返した後、上みりんと一緒に瓶に入れ、密封して20日ほど熟成させたもの。当時の文献に「都の貴顕や戦国武将たちは、あられ酒を贈答品としてたいへん重宝した」とある。

剣菱吞助のセリフはこれが基本だが、現代では面白さが分かりにくいので、演じる役者が自由に変えてもいいことになっている。地方公演などではその土地の酒の銘柄名を入れたり、有名な銘柄を読み込んだり、スコッチやビールの銘柄を入れたりすることもある。たとえば「一切だっさい(獺祭)吐くしか(白鹿)なくなって......涙が一番搾りに......」といった具合である。六郎大夫が一緒に斬られるかもしれないという直前の緊張感を和らげてくれる効果がある。芝居ばかりでなく、日々の緊張を和らげるのは、やはりお酒の重要な役割である。