2020年09月09日 19:00
「月も朧(おぼろ)に白魚の......」 で有名な七五調のセリフが並ぶ河竹黙阿弥の代表作。お嬢吉三、お坊吉三、和尚吉三の三人が出会い、義兄弟となり、一緒に死んでいくという話。安政7年(1860年=3月18日に万延に改元)1月市村座での初演。
お坊吉三の父、安森源次郎は将軍から名刀庚申丸を預かっていたが、その刀を盗まれてしまい、源次郎は切腹、安森家は断絶となる。盗んだのは和尚吉三の父伝吉。この伝吉の次の子が、お嬢吉三に百両奪われたおとせとその双子の兄十三郎。十三郎は八百屋久兵衛に養子に出され、道具屋の木屋の手代になっているが、夜鷹のおとせと兄妹であることは2人とも知らず、愛し合う関係になってしまう。2人は「畜生道」に落ちたことになる。兄である和尚吉三は、お嬢吉三とお坊吉三の身代わりになってくれと頼み、二人を殺す。伝吉を殺したお坊とその原因を作ったお嬢の二人が死のうとするところへ、和尚が首を二つ持って現れ、死ぬには及ばないと告げる。ここで百両と庚申丸が手に入ったことが分かるが、捕手が迫ってくるのでその場を離れる。次は雪の降る火の見やぐらの場、八百屋お七を彷彿(ほうふつ)とさせる場面となる。閉められた木戸を開けるため、お嬢がやぐらに上りご法度の太鼓を打ちならす。八百屋久兵衛と木屋が駆けつけ、百両と庚申丸を二人に託して、三人の吉三は捕手に追われ、取り囲まれた中で刺し違えて死ぬ。
通しでは、今年6月にシアターコクーンで、中村勘九郎、七之助、尾上松也が演じたのが記憶に新しい。平成24年の1月には国立劇場で、松本幸四郎、中村福助、市川染五郎で上演され、3日の鏡開きに行って『末廣』の樽酒を枡で頂き、ほろ酔い機嫌で見たことを覚えている。この時は同時上演の『奴凧廓春風(やっこだこさとのはるかぜ)』で、染五郎の子の松本金太郎も出演し、幸四郎を含め親子3代の共演であった。平成22年の歌舞伎座さよなら公演御名残四月大歌舞伎では「大川端庚申塚の場」を市川團十郎、尾上菊五郎、中村吉右衛門という豪華メンバーで上演した。
もっともよく演じられるのがこの「大川端の場」で、先の七五調の名セリフもこの場で出てくる。客の十三郎が忘れた百両を届けようと追いかけてきた夜鷹のおとせに、お嬢吉三が道を訪ね、同道の道すがら、おとせから百両を奪い、大川へ突き落す。ここで名セリフが出てくる。通りかかったお坊吉三が、その百両を貸してくれとせびり、お嬢と果たし合いになるのを、和尚吉三が止め、これが縁になって3人は血をすすりあって義兄弟の契りを結ぶ。ここで名セリフを引用させていただこう。
「月も朧に白魚の 篝(かがり)も霞(かす)む春の空 冷てえ風もほろ酔いに 心持ちよくうかうかと 浮かれ烏のただ一羽 ねぐらへ帰る川端で 竿の雫(しずく)か濡れ手で粟 思いがけなく手にいる百両
」
(舞台上手より)「御厄払いましょう、厄落とし!」
「ほんに今夜は節分か 西の海より川の中 落ちた夜鷹は厄落とし 豆だくさんに一文の 銭と違って金包み こいつぁ春から 縁起がいいわえ」
隅田川がきれいだった江戸時代、白魚がたくさん獲れた。本能寺の変の際、家康が脱出するのを助けた摂津の国佃村の漁師を呼び寄せ、白魚も三河から持ってきて繁殖させた。白魚を将軍に献上させ、残った分を販売してもよいとして開かれたのが日本橋の魚市場である。
白魚の旬は春。夜、かがり火をたいて呼びあつめ、四つ手網ですくい取った。今でも年賀状に「初春」と書く ように、旧暦の正月は節分(立春の前日)の前後の新月に始まり、1~3月が春、4~6月が夏だった。今年の節分は2月3日で正月は19日から始まる。江戸時代には節分と正月は不即不離のもので、この前後に厄祓いをする。落語『厄祓い』にでてくる厄祓いの口上を紹介しよう。
「あーら めでたいなめでたいな 今晩今宵のご祝儀に めでたきことにて払おうなら まず一夜明ければ元朝(がんちょう)の 門(かど)に松竹 注連(しめ)飾り 床(とこ)に橙(だいだい)鏡餅 蓬莱山に舞い遊ぶ 鶴は千年 亀は万年 東方朔(とうぼうさく)は八千歳 浦島太郎は三千年 三浦の大助(おおすけ)百六ツ この三長年が集まりて 酒盛りをいたす折からに 悪魔外道が飛んで出で 妨げなさんとするところ この厄払いがかいつかみ 西の海へと思えども 蓬莱山のことなれば 須弥山(しゅみせん)の方へ さらありさらり」
落語では頭の弱い与太郎に伯父さんが商売をやらせようと厄祓いを教える。それで小銭と豆撒き用の豆をもらいそれを売って稼げというと、与太郎「豆腐屋に売るのか」「煎った豆を豆腐にできるか」「焼き豆腐になる」。この部分の原話は「立春噺大集」に出ている。与太郎はこの口上を覚えきれず、書いてもらうが、いざ本番になると旨く読めない。「アラメゆでたいな」とか「鶴は十年」と「千」の上を飛ばして読んだあげく、「鶴は千年か、めは......」と変に区切ったり......。ついには「東方朔」のあたりでどうにもならなくなりこっそり逃げていく。「何、厄祓いがいなくなった? なるほど、さっき逃亡と言っていた」。
今回は歌舞伎と落語のコラボレーションということで、長くなったうえ引用も長く申し訳ありませんでした。