落語と酒⑥『長者番付』(うんつく酒)

 「長者番付」と言うと毎年発表される高額納税者公示制度や、米誌フォーブスの世界長者番付などを思い出す人も多いだろうが、落語となるとちょっとひとひねりしている。弥次郎兵衛、喜多八の「東海道中膝栗毛」に出てくるような登場人物の旅の途中での話である。本題に入る前にいろいろなエピソードを挿入していけば、長さを自由に調節できるので、噺家にとっては便利な咄である。
 とある村に差し掛かって茶店に入った二人。酒を頼むがろくなのがない。「むらさめ」と刀のような名前の酒は、村を出るとすぐに醒めるからその名がついた。「のきさめ」「じきさめ」などはもっとひどい。近くに造り酒屋があると聞き、二人はそこを訪れる。
 主人に1升売ってくれと頼むが、「うちは造り酒屋だからだめ」と言われ、2升なら、5升ならと頼むが相手にされない。問屋や小売店に迷惑をかけることになるからと直売りをしない造り酒屋は、一昔前にはかなり多かった。しかし、ネット販売と宅配便が普及してからは、酒蔵からの直販は当たり前になってきている。ただ、その値段は小売価格で、送料は別。ある程度まとまると送料が無料になることもあるが、こういう形をとることで問屋や小売店に遠慮しているのだろう。
さて、二人がどのくらいからなら売るのかと聞くと、馬に一駄(四斗樽二つを馬の背に振り分けて積んだもの)か、一車か、船一艘ならと言われる。これを聞いた兄貴分が頭にきて、「このどんつく野郎、うんつく野郎」などと悪態を浴びせる。酒屋の主人は悪口を言われているのだろうとは思ったものの、何を言っているのか分からない。若い者に耳打ちし、部屋にかんぬきをかけて逃げられないようにしたあげく、回りをまきざっぽうを持って取り囲み、「うんつく」「どんつく」の意味を教えろとせまる。その答えによってはただではおかないという剣幕。困った兄貴分は、あるじの後ろに貼ってあった長者番付を見て、それをヒントに話を作り上げる。「うんつく」は運がつく、「どんつく」はどんどん運がつくという意味だと言うが、主人は半信半疑。そこで、長者番付の西の大関、鴻池善右衛門が「清み酒」を造ったいきさつ、東の大関、三井八郎衛門が旅先で運がつき、ついには江戸に出て越後屋の暖簾をあげた話をする。
鴻池が清酒を造れるようになったのは、鴻池の番頭が首になった腹いせに、火鉢の灰を酒の桶に放り込んで逃げて行ったためだというもの。灰のおかげで濁り酒がすんだお酒になったという。しかし、実際に清酒を造るには袋に入れて濾せばいいのである。灰を入れるのは酒が菌などにやられて酸っぱくなったときにすることで、アルカリ性にして殺菌する。灰を入れるという技術は平安時代からあり、延喜式にある「白酒(しろき)」「黒酒(くろき)」のうちの黒酒が灰を入れたものだった。室町時代に加熱殺菌の技術ができ、灰による殺菌法はあまり使われなくなった。
この作り話に酒屋のあるじはすっかり感心し、二人に好きなだけ飲んでくれと酒を振舞う。そして、酒蔵を訪れた時には「売ってくれ」などとは言わず、「江戸の新川(酒の問屋が集まっていたところ)の者だが、利き酒をさせてもらいたい」と言えば、ただで、いくらでもいい酒を飲ませてもらえると教える。
利き酒という言葉はかなり古くからあるという。酒が造られるようになったころからあり、日本書紀にも記述があるという。室町時代には、専門用語となっており、利き酒によって酒の値段がきめられた。現在では、酒蔵で酒を造る際に行ったり、問屋や小売店が酒蔵から酒を購入する際に利き酒して決める。消費者の間にも利き酒は広まっており、百貨店などの催しや、お酒を楽しむ会などでもよく行われている。また、消費者向けに居酒屋が利き酒セットというのを出したりしている。なお、日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会では、「きき酒師」と「酒匠(さかしょう)」の資格認定を行っている。お酒の好きな方は挑戦してみてはいかが。