落語と酒⑮『鰍沢』
2024年08月12日 12:40
三遊亭圓朝が「酔狂連」の集まりで出された「卵酒・鉄砲・毒消しの護符」の三題噺で即席に作ったといわれる。身延山を参詣した旅人が帰りに大雪で道に迷ったところから話は始まる。
当時の日蓮宗総本山身延山久遠寺参詣は甲州街道を通って甲府へ出て南に下るルートと、東海道を興津まで行きそこから北上するルートがあった。甲州街道は、日本橋から始まり最初の宿新宿から小仏峠を越え、さらに崩落事故のあった笹子トンネルの上の笹子峠を越えて甲府に入る。旅人はこのコースで甲府から鰍沢を経て身延山に参詣し、その帰り道再び鰍沢の辺りにきたとき、吹雪に見舞われたのである。
吹雪に合うと辺り一面真っ白になり、方向が全く分からなくなるという。幸いに遠くに明かりが見え、旅人はそこに生き一夜の宿を頼む。その家の女主人は、昔吉原にいた花魁だった。懐かしさのあまり旅人はいくらかのお金を包んで渡すが、そのとき相手に財布の重さを悟られてしまう。女主人はこの金を奪おうと、温まるからと言って卵酒を勧めるが、その中に毒を入れていた。酔ったと思った旅人は奥で休ませてもらうが、女主人はそれを見たうえで外出する。
入れ違いに熊撃ちの亭主が鉄砲を手に帰ってきて、卵酒があるのを見てすべて飲み干す。量飲んだためすぐに毒が効き始め、亭主は悶絶する。この騒ぎで状況を悟った旅人は外へ逃げ出し、雪の中を逃げる途中、身延山で頂いた毒消しの護符を雪で飲みこむ。少し毒が弱まったものの、慣れない雪の中の逃走とあって、なかなか進まない。逃げたことを知った女主は亭主の鉄砲を持って追いかけてくる。ふと気がつくとそこは鰍沢の断崖の上。追い詰められた旅人は雪と一緒に谷底へ落ちていく。幸いそこに筏(いかだ)がつないでありその上に落ちた衝撃で筏ははずれ、川を流れていく。急流の中岩にぶつかり筏はバラバラ、一本の材木にしがみついて流されていくと、上から女主人の売った鉄砲の弾が髷をかすめて前の岩にあたってはじける。しかしそれで難局は切り抜けた。「お材木(お題目)のおかげで助かった」というのが落ち。これは『おせつ徳三郎』と同じである。
さて、卵酒だが、昔から風邪を引いた時などにこれを飲むと治るといわれてきた。熱燗の日本酒の卵と砂糖を混ぜたもの。簡単そうだが、ひとつ忘れてはならないことが、お酒の卵を入れるのではなく、溶いた卵にお酒を少しずつ混ぜ込んでいくこと。熱い酒に液卵を入れるとたんぱく質が凝固して口当たりが悪くなるうえ、風邪に効く成分が吸収しにくくなる。卵が固まらないようにするのがポイントだ。お酒のアルコールは血流を早め、体を温め、熟睡させる効果がある。卵白に含まれるリゾチームには殺菌作用があり、たんや鼻水などを体外に排出する役割がある。市販の風邪薬の宣伝で「塩化リゾチーム配合」とうたっているのがそれだ。また卵は良質なたんぱく質で、体の抵抗力を高める。
卵酒は外国にもある。イギリスのエッグノッグがそれに近い。ウイスキーと卵、砂糖までは基本的に同じだが、牛乳を入れるところが違う。現在では北米、豪州などでもよく飲まれているという。
中米となるとベースがラム酒になる。卵は入れないが風邪をひいた時の飲むのがグロッグ。英国海軍で船員に酒を配給していたのがもとで、初めはビールやウイスキーなどだったが、ジャマイカでラム酒が手に入るようになってからはもっぱらラムになった。ところが配給分をいっぺんに飲んでしまう船員も出てきたので、水で薄めて配給することにした。これを初めて提督のあだ名がグロッグだったので、このラムの水割りをグロッグと呼ぶようになった。後に壊血病防止などのためにレモンなどの果汁を入れるようになり、単なる水割りからカクテルと言えるようになった。風邪の時は温めて飲む。なおグロッキーというのはグロッグを飲んで酔っ払った状態をいうので、元はグロッギーだった。
身延山から中米まで話が飛んでしまってすみません。