落語と酒⑭ 『お神酒徳利』
落語『お神酒徳利』は馬喰町の大きな旅篭屋の煤払い(すすはらい)の場面から始まる。煤払いとは古くから続く日本の年中行事で、いわゆる大掃除のことである。現在でも寺社仏閣においては煤払いと称している。八百屋さんが煤払いとは関係なくあるお店を訪ねるところから始まるものもあるが、年末なので、煤払いの方で話を進める。さて、主人公の通い番頭が、お神酒徳利を壊すといけないと水がめに入れておく。しかし、帰り際に「徳利が見つからないが知らないか」と聞かれ、「知りません」と言って帰宅してしまう。しばらくして、ひょっと思い出すが、今さら「知っておりました」とも言えず、考えた末、ソロバン占いで見つけることにする。
江戸時代の煤払いは、12月13日に行われていた。江戸城でのしきたりがそうであったことと、奉公人などが新年までに里帰りできるようにするため。1年分の煤を払うので、作業は真っ黒になってすることになる。
・煤掃の顔を洗えば知った人
無くなったものが出てくるのもこの時。
・すゝはきや思へばこの金うらめしい
落語の『柳田格之進』でも、大掃除で無くなった金子が出てくるのがポイントとなっている。
・しゃれ男が近所を歩いていると、夫婦で泣いているのに出会った。「どうしたんですか。なぜ泣いてらっしゃるんですか」「いや、聞いてくだされ。せがれが四、五日以前に、近所に行くと言って出かけましたが、未だに帰ってきません。日頃道楽もしないのに、どこを訪ねても分かりません」「ハテ、それは気の毒。しかし、気を落とさずとも、うっちゃっておいたら煤掃きには出てくるでしょう」(息子の出奔『千里の翅(つばさ)』)
煤払いの後は皆で集まって手あたりしだいに胴上げをする。特に下女や奥家老はターゲットとなった。
・十三日下女まごついてとつかまり
・胴上げで坊主にされる奥家老(かつらが飛んだ?)
また、その後に、重労働へのお礼として精のつく「鯨(くじら)汁」が振る舞われた。ただ脂っこいのと臭いのとで、女性には敬遠されたようだ。
・鯨鍋たわしをひとつすてる也
翌12月14日は赤穂浪士の吉良邸討ち入り。
・さっぱりと掃除をさせて首をとり
さてソロバン占いと称して、自分が置いたお神酒徳利のありかを見つけた番頭さんにお店の主人は感心する。ちょうどそこに大坂の豪商・鴻池の支配人が居合わせ、「主人の家でもお嬢様が病気だが、原因がわからない。ぜひ占ってほしい」ということで、大坂に行く羽目になる。途中の宿でお客の金がなくなり探すことに。頼まれたところで見つかるわけがないと、逃げ出す支度をしていると、宿の女中がしのんできて「実は病気の親の為に前借をお願いしたが断られ、つい盗んでしまいました。あまり大きな額なので怖くなり、お庭のお稲荷様の縁の下に隠しておきました」。これを聞いた番頭さん、ソロバン占いで、お稲荷様のお祭りを長い間やらないでいるのでお稲荷がお怒りになって、女中に憑いてお金を隠したのだ、ということで収める。
信用はますます高まるが、そうこうしているうちに大坂に着いてしまう。ことを先延ばしにするために水垢離などを始める。とある晩、夢枕に途中の宿の庭の稲荷が立ち、「お前のおかげでよい評判が広がり、正一位に出世することができた。その礼として娘の病の直し方を教えよう」と言う。こうして病を治し、お礼をたっぷりもらって江戸に戻り、立派な旅篭を建てて、以前とはケタ違いの生活をするようになった。「ケタ違いなはず、ソロバン占いですから」が落ち。
「煤払いの話ばかりで、誰もお酒を飲んでないじゃないか」ですって? お神酒徳利で神様が飲んでます。